78. 地下水の次亜塩素酸処理でシアン化合物が生成するメカニズム

 2009年 2月 9日掲載  2014年 1月15日再掲


地下水よりシアン化合物が生成するメカニズム


今回の伊藤ハムの地下水シアン化物事件に関係する文献を調査すると、千葉県の機関が実施したものが多く見出された。

千葉県衛生局からは興味深い論文が発表されていた。これは、平成15年5月30日付の厚生労働省令により、水道法水質基準が改正されるのに伴い、シアンの分析方法も変わるので、新分析法の確認をし、得られた知見を公表したものである。

  「井戸水の塩素消毒によって生成するシアン化物イオン及び塩化シアンについて」(2004年)
   http://www.pref.chiba.jp/syozoku/c_eiken/risousu/report/eisei_h/28-p23.pdf

この報告によると、シアン化合物の検出は、従来は「ピリジンピラゾン吸光光度法」が用いられていたが、より検出感度の高い「イオンクロマトグラフ−ポストカラム吸光光度法」となる。

水質基準では「シアン化物イオン(CN)および塩化シアン(CNCl)」が0.01mg/L以下となっている。検討結果によると、旧分析方法では井戸水よりシアンが検出されない場合でも、新分析方法で微量ではあるがシアンが検出される例が多くみられた。

ここがポイントであるが、新分析法でCNおよびCNClが全く含まれない井戸水に次亜塩素酸ソーダを加えるとCNおよびCNClが検出されるようになった。

この反応は次の通りである。

    前駆体(ある有機物) → 塩素によりCNイオンの発生 → 塩素によりCNClに変化

報告中に示されているデータは下表のとおりである。上の表が用いた井戸水(次亜塩素酸処理なし)の分析結果で、No.7とNo.9のKMnO4値およびTOC値は大きな値となっている。TOCはTotal Organic Carbonの頭文字をとったもので、この値が大きいと、有機化合物(有機化合物は炭素を含むのが特徴)を高い濃度で含んでいることを示している。

下の表で、KMnO4値およびTOC値が大きい場合(No.7とNo.9)、高い濃度のCNイオンおよびCNClが検出されている。No.9のCNClが18.4μg/Lは0.0184mg/Lのことで、水質基準の0.01mg/Lを超えた値である。

原子量というものがある。これは炭素を基準の12として各元素の質量比をあらわしたものである。炭素の原子核はは陽子6個と中性子6個よりできているので合計12.窒素は陽子7個と中性子7個よりできているので合計14。塩素は(陽子17個と中性子18個の合わせて35)と(陽子17個と中性子20個の合わせて37)の二通りの重さを持つものが3:1で存在しているので、その平均値は35.5である。

      CN (12+14=26) → CNCl (12+14+35.5=61.5)

とCNイオンが塩素と反応しただけでCNCl となり、その重量は2.4倍へと増加する。水質基準は「シアン物イオン(CN)及び塩化シアン(CNCl)」の合計が0.01mg/Lと重さで規定されているので、塩素を含むことにより規制物質の濃度は急激に大きくなることが分かる。

以上、シアン化合物の発生のメカニズムを見てきたが、残念ながら問題を引き起こした前駆体は存在するに違いないと、12月5日の事故対策委員会の事故の原因発表まではまだ推量の域であった。この前駆体が井戸水から由来するものか、作業上のトラブルで誤って井戸水に混入したものかを見極める必要があった。

また、発表された、伊藤ハムのシアン化合物の量は、基準値の2〜3倍とあるだけで、CNイオンがいくら、CNClがいくらとの報道が必要であったと考えられた。

伊藤ハムとしては、問題が生じたときに速やかに三現主義(現場・現物・現実)により、ことの真相を解明する努力をする必要があったと。そうすることで、くみ上げた水のKMnO4値は? TOCは? CNイオンが含まれたか? CNCl が含まれたか? が明らかとなり、問題発生原因に大きく近づけた。



第3者(有識者あるいは学識経験者)による事故対策委員会の報告書(60ページもの)が12月25日にプレス(新聞およびテレビ)向けに報告された。その内容は、

1.夏の暑さで次亜塩素酸が分解して有効成分が少なくなった
2.塩素酸の規制値を気にするあまり、次亜塩素酸の添加量が少なくなった
  次亜塩素酸は昨年の4月より新たに水質項目となった項目
3.千葉県の地下水は有機物が高い濃度で含まれている
  シアン化合物ができやすい環境にあった
4.生成したシアン化合物はほとんどが塩化シアン(CNCL)であった
  処理に必要な量の次亜塩素酸が加えられなかったことが証明された
5.分析に緩衝液として用いる酒石酸はシアン化合物生成の原因物質と
  なるが、短時間で分析を行うのでその影響はない
  (注:今回の事故で、緩衝液としてリン酸を用いてもよいことになった)

となっている。詳細は確認願いたい。














以下、シアン生成に関する参考文献

Breakpoint Chemistry and Volatile Byproduct Formation Resulting from Chlorination of Model Organic-N Compounds
Enviromental Science & Technology 34, 1721-1728 (2000)

上水中の塩化シアン定量における酒石酸緩衝液の影響
分析化学 56巻7号 593−599(2007)

「井戸水の塩素消毒によって生成するシアン化物イオン及び塩化シアンについて」(2004年)  
 http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/c_eiken/risousu/report/eisei_h/28-p23.pdf
この報告によると、シアン化合物の検出は、従来は「ピリジンピラゾン吸光光度法」が用いられていたが、より検出感度の高い「イオンクロマトグラフ−ポストカラム吸光光度法」となる。水質基準では「シアン化物イオン(CN)および塩化シアン(CNCl)」が0.01mg/L以下となっている。検討結果によると、旧分析方法では井戸水よりシアンが検出されない場合でも、新分析方法で微量ではあるがシアンが検出される例が多くみられた。
 ここがポイントであるが、新分析法でCNおよびCNClが全く含まれない井戸水に次亜塩素酸ソーダを加えるとCNおよびCNClが検出されるようになった。

伊藤ハムの調査検討委員会報告書(12月5日)
http://www.itoham.co.jp/announcement/pdf/081205_02.pdf

厚生労働大臣が定める分析方法(別表第12表)
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/suishitsu/dl/06k.pdf
イオンクロマトグラフ−ポストカラム吸光光度法

上水中の塩化シアン定量における酒石酸緩衝液の影響
分析化学、Vol.56, No.7, pp.593-599(2007)
http://www.jstage.jst.go.jp/article/bunsekikagaku/56/7/593/_pdf/-char/ja/
平成15年5月 シアン化物イオンおよび塩化シアンの分析方法変更
ピリジンピラゾロン吸光光度法よりイオンクロマトグラフ−ポストカラム吸光光度法へ
簡易水道水の35%が基準値を超えるとの結果が得られた。
酒石酸緩衝液よりCNCLが生成することを確認した。

井戸水の塩素消毒によって生成するシアン化物イオン及び塩化シアンについて 千葉衛研報告 第28号 23-25 (2001)
http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/c_eiken/risousu/report/eisei_h/28-p23.pdf
水中に含まれる前駆体と残得有塩素が反応してCNイオンおよびCNCLが生成する。

シアン化物イオン及び塩化シアンについて
川崎市衛生研究所年報 第40号(2004)
http://www.city.kawasaki.jp/35/35eiken/tyousa16/tyousa_4.pdf
酒石酸緩衝液が原因でCNが生じる

飲料水中シアン化物イオン及び塩化シアンの生成要因
千葉県生活環境研究室 平成18年度 調査研究
http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/c_eiken/sosiki/living/chousakenkyu/
18chousakenkyu.html

CN及びCNClの生成要因を検討した結果、アンモニア態窒素を含む原水に塩素消毒を施して生成した結合残留塩素と酒石酸緩衝液が試験操作中に反応し、CN及びCNClが生成することを確認した。

飲料水の塩素消毒により生成するシアン化物イオン及び塩化シアン測定法に関する研究
千葉県生活環境研究室 平成19年度 調査研究
http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/c_eiken/sosiki/living/chousakenkyu/
19chousakenkyu.html

シアン化物イオンおよび塩化シアンは消毒副生成物として規定されている。操作工程で酒石酸緩衝液を用いることが示されているが、試料中に結合残留塩素が残存していると、測定時間が長くなるほど、塩化シアンの測定値は高くなった。結合残留塩素を遊離残留塩素に変化させるために塩素を添加すると、あらかじめ添加した塩化シアンの濃度は減少した。酒石酸緩衝液に替えてフタル酸緩衝液を用いると結合残留塩素が残存していても、塩素剤添加の必要が無いので、フタル酸緩衝液を使用することが望ましいと思われた。

平成18年3月30日 浄水処理における次亜塩素酸ナトリウムの使用に当たっての留意事項について 厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/hourei/jimuren/h14/dl/
060330-1.pdf

次亜の種類に注意。精製度の低いものの中には臭素酸を多く含んでいるものがあります。
長期間,あるいは高温の環境下で貯蔵すると,酸化による塩素酸イオン濃度の上昇が発生する場合があります。
有効塩素濃度の低下を考慮して注入すべきこと。

平成20年3月28日 「水道用次亜塩素酸ナトリウムの取扱い等の手引き(Q&A)」の送付について 厚生労働省http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/hourei/jimuren/dl/
080328-1.pdf

平成20年4月1日より塩素酸が水質基準項目として加わった。

平成20年3月  「水道用次亜塩素酸ナトリウムの取扱い等の手引き(Q&A)」
日本水道協会
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/hourei/jimuren/dl/
080328-3.pdf

次亜塩素酸の詳細な性状と取り扱いに関する資料

日水協 水質試験調査専門委   シアン検査法改正へ リン酸緩衝液に変更 2008年12月15日
http://www.suido-gesuido.co.jp/blog/suido/2008/12/post_2587.html
日本水道協会は5日、平成20年度第2回水質試験方法等調査専門委員会を開き、各部会から上水試験方法の改訂作業状況の報告を受けるとともに、「シアン化物イオンおよび塩化シアン」の検査方法の改正案を取りまとめた。今後、衛生常設調査委員会での追認を受け、厚生労働省に提出する。 検査法改正案 @緩衝液を酒石酸からリン酸緩衝液(pH2・1)に変更する




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